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京都地方裁判所 昭和40年(行ウ)19号 中間判決

原告

久保秀二

右訴訟代理人

植松繁一

被告

左京税務署長

北村寿

右指定代理人

二井矢敏朗

〈外六名〉

主文

本件訴は適法である。

事実

一、被告指定代理人は、本案前の主張として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

(一)  原告は、本件訴訟で、被告が昭和三九年九月一九日付でした原告の昭和三七年分所得税の更正処分と過少申告加算税賦課決定処分、同年九月一一日付でした原告の昭和三八年分所得税の更正処分と過少申告加算税賦課決定処分の各取消しを訴求している。

(二)  原告は、同月二四日、被告に対し、これら各処分の異議申立をしたので、被告は同年一二月二四日付で異議申立を棄却する旨の決定をしたところ、原告は、同月二六日頃その旨を記載した通知書の送達を受けた。

(三)  原告は、これを不服として、昭和四〇年一月一八日、訴外大阪国税局長に審査請求をしたので、同局長は、同年六月三〇日付で、被告に対する異議申立がいずれも「みなす審査請求」になつたことを理由に同局長にした審査請求を却下する裁決をしたうえ、「みなす審査請求」に対しては、昭和三七年分については、被告の処分を正当として棄却し、昭和三八年分については、一部を取り消す旨の裁決をし、その旨の通知書は、同年七月二日原告に送達された。

(四)  原告は、昭和四〇年七月八日、この裁決を不服として右局長に再審査請求をした。

しかし、課税処分は、行政不服審査法八条一項各号に該当しないから、再審査請求はできない。

そうすると、原告は、昭和四〇年七月二日から三か月である同年一〇月二日までに本件訴を提起しないことには、行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間を徒過したことになる。ところが、原告が、本件訴を提起したのは、同年一一月九日である。

(五)  そうしてみると、原告の本件訴は、出訴期間を徒過した不適法な訴になるから却下を免れない。

二、原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告の本案前の主張に対し次のとおり答弁した。

(一)  原告は、被告が(四)で主張するとおり、大阪国税局長に再審査請求をし、昭和四〇年七月一四日、大阪国税局に架電して再審査請求書の受理の有無について照会したところ、係官から、同年七月一三日受理したが、調査期日は未定である旨の回答を得た。

ところが、大阪国税局協議団京都支部は、同年九月二七日付書面で、「みなす審査請求」についてさきになされた裁決に対しては再審査請求ができないから、原告のした再審査請求は、税務相談として取り扱う旨を通知してきた。原告は、同年一〇月一日頃、この書面の送達を受けた。

(二)  行政不服審査法五七条は、いわゆる教示制度を設け、行政庁が誤つた教示をした場合(同法一八条、一九条、四六条)、又は行政庁が教示をしなかつた場合(同法五八条)には救済規定がある。そのうえ、行政事件訴訟法一四条四項は、行政庁が誤つて審査請求ができる旨を教示した場合、それに従つて審査請求したものの出訴期間の規定である。

この教示制度の趣旨に照らし、本件は、原告が大阪国税局長に対し、再審査請求ができるかどうかの教示を求め、同局長が再審査請求ができると誤つた教示をした場合(行政不服審査法五七条二項)かこれに類する場合に該当する。

そうして、同局長は、右再審査請求のあつた日から三か月を経過しても、これを却下する旨の裁決をしていないのであるから、本件訴は、出訴期間を徒過していない(行政事件訴訟法八条二項一号)。

(三)  仮に、大阪国税局協議団京都支部の昭和四〇年九月二七日付書面が再審査請求却下の裁決とみなされるにしても、出訴期間は、右書面が原告に到達した昭和四〇年一〇月一日から起算されるべきである。

(四)  原告は、大阪国税局長の前記電話回答を信頼し、原告がした再審査請求が法律上適法なものと信じてその裁決を待つていたのであるから、原告が本件訴の出訴期間を徒過したとするなら、それは、原告の責に帰すべからざる事由による。従つて、民訴法一五九条の追完が認められるべきである。

三、被告指定代理人は、原告の答弁に対する反駁として次のとおり述べた。

(一)  大阪国税局の係官が、電話で原告が主張するような内容の回答をしたことはない。仮にそのような事実があつたとしても、このことが、法律上許されない再審査請求のできることを誤つて教示したことにはならない。

(二)  大阪国税局長は、「みなし審査請求」に対し、昭和四〇年六月三〇日付裁決第四九一号、第四九二号で裁決をし、原告のした審査請求に対し、同日付裁決第四九三号、第四九四号で各却下の裁決をした。ところで、原告が同局長にした再審査請求書には、裁決第四九四号によつてなされた裁決に対し不服を申し立てる旨の記載しかない。そうすると、原告のした再審査請求は、裁決第四九四号に対してだけで、裁決第四九一号、第四九二号についての再審査請求はないことになる。従つて、「みなす審査請求」に対する裁決第四九一号、第四九二号については、裁決書の謄本が原告に送達された昭和四〇年七月二日から起算し、三か月を経過した同年一〇月二日までに行政訴訟を提起しなければならない。大阪国税局長が誤つて教示したとしても、これは、裁決第四九一号、第四九二号について行政訴訟を提起するための出訴期間になんら影響を及ぼすものではない。

(三)  原告は、民訴法一五九条によつて追完が認められるべきであると主張しているが、原告が、前記協議団京都支部から原告のした再審査請求を税務相談として取り扱う旨の通知を受けたのは、昭和四〇年一〇月一日であるから、原告が、直ちに本件訴を提起すれば、出訴期間の最終日である同月二日を遵守することができた。従つて、追完を認める余地はない。

四  原告訴訟代理人は被告の反駁に対し、次のとおり反論した。

原告の提出した再審査請求書の記載内容からして、原告が裁決第四九一号ないし第四九四号について不服を申し立てていることは明白である。原告が「裁決第四九四号」と記載したのは、裁決書謄本がピンでとめて一体の文書として送られてきたので、原告は、一番上のものに記載された「裁決第四九四号」を表示したにすぎない。

理由

一、本件記録によると、被告が主張する一、(一)ないし(三)の事実すなわち、原告が、昭和四〇年七月八日大阪国税局長に再審査請求をするまでの経緯が認められる。

二、ところで、課税処分は、行政不服審査法八条一項各号に該当しないから、再審査請求ができないと解するのが相当である。

そうすると、原告は、大阪国税局長から「みなし審査請求」についてされた裁決(裁決第四九一号第四九二号)の裁決書謄本の送達を受けた昭和四〇年七月二〇日から三か月以内に本訴を提起しなければならないことになる。しかし、本件訴が当裁判所に提起されたのは、同年一一月九日であることは、本件訴状に押された当裁判所の受付印によつて明らかである。

三原告は、大阪国税局長が誤つて原告に再審査請求ができると教示したか、教示に類する場合であると主張するので判断する。

本件記録によると次のことが認められる。

(一)  原告は、昭和四〇年七月八日、大阪国税局長に再審査請求書を提出したが、同書面には、「私儀昭和三七年並びに昭和三八年度個人事業所得税に付、昭和四〇年一月一八日付審査請求をいたし、昭和四〇年六月三〇日貴局裁決第四九四号を以て私の請求を却下されましたが、尚不服により再調査を御願いして私の得心が出来る公正な決定を得度く茲に再審査請求を致します。」と記載されている。

(二)  原告は、昭和四〇年七月一三日頃、大阪国税局に対し、右審査請求について電話で照会したところ、係官から、右再審査請求書は受理された旨の回答を得、原告は、さらに二、三日後、再度電話で照会したところ、係官から、右書面は受理したが、調査期日は未定である旨の回答を得た。このときは勿論、その後も、同局長は、原告に対しこの再審査請求を税務相談として取り扱う旨の連絡をしておらないし、この再審査請求に対する却下の裁決もしていない。

(三)  ところが、大阪国税局協議団京都支部は、右再審査請求は本来再審査請求できない事項に関する不適法なものであるので、これを税務相談して取り扱うことにし、原告には、昭和四〇年九月二七日付書面で、はじめてその旨の通知をした。この書面が原告に送達されたのは、同年一〇月一日頃である。

この書面は、回答文書という見出で、「裁決後の税務相談について」の回答として、「昭和四〇年七月八日付にて御相談のありました標記のことについて、左記のとおり御回答いたします」とし、さきにした裁決(裁決第四九一号、第四九二号)が、最終かつ確定処分であることを明らかにしたものである。

しかし、この書面には、右裁決に不服のときには、行政訴訟が提起できること、その出訴期間は、同年一〇月二日までであることの教示はない。

右認定の事実関係のもとでは、大阪国税局長が、誤つて再審査請求ができると教示し、原告がこの教示に従つて再審査請求をしたものではない。

しかし、大阪国税局長は、原告の不適法な再審査請求を受理し、調査期日は未定である旨電話回答したのであるから、原告は、このとき、再審査請求が適法に受理され、調査をへて裁決されるものと期待するのは、当然である。

そうすると、このときから、誤つた教示にもとづいて再審査請求をしたのと同視するのが至当である。なぜならば、行政庁が処分をするとき不服申立の方法を教示することを義務づけている(行政不服審査法五七条)のは、行政処分を受けた者の救済に万全を期し、その権利を保障することにあるから、誤つた教示にもとづいて不服申立をしたが、不服申立をした後、誤つて不服申立ができると教示したかでは、誤つた教示のあつた点に差違はなく、いずれにしても、この誤つた教示から生じる不利益を不服申立をした者に負わすことは適当ではないからである。このことは、行政庁が誤つた教示をたした以上、禁反言の原則から、行政庁は、誤つた教示に従つた事後処理をしなければならないとする行政不服審査法一八条、一九条、四六条の法意に合致するとしなければならない。

四そうすると、本件では、行政事件訴訟法一四条四項により、「行政庁が誤つて審査請求をすることができる旨を教示した場合において、審査請求があつたときは、その審査請求をした者については、これに対する裁決のあつたことを知つた日又は裁決の日から起算する」ことになる。

しかし、大阪国税局長は、この再審査請求について裁決をしていない。原告が昭和四〇年七月八日にした再審査請求に対しては、同年一〇月一日、大阪国税局協議団京都支部から、税務相談としての回答があつただけである。そうすると、行政事件訴訟法一四条四項の裁決がないことになり、三か月の出訴期間は進行しない。

このような場合、原告は、同法八条二項一号により「審査請求があつた日から三か月を経過しても裁決がないとき」として、昭和四〇年一〇月六日以後は、適法に本件訴を提起できるとしなければならない。

なお、行政事件訴訟法八条二項と同法一四条との関係について、審査請求をした者は、審査請求をした日から三か月以後で、裁決があり、それに対する三か月の出訴期間の経過するまでの間、処分取消しの訴を提起することができると解するのが相当である(最判昭和三六年二月二一日民集一五巻二八七頁参照)。

そうすると、本件訴は、適法であつて出訴期間の徒過はない。

五被告は、大阪国税局長に再審査請求をしたのは、裁決第四九四号だけで、裁決第四九一号、第四九二号について再審査請求はしていない。従つて、裁決第四九一号、第四九二号の裁決書の謄本が原告に送達された昭和四〇年七月二日から出訴期間を起算すべきであると主張しているが、原告が昭和四〇年七月八日同局長に提出した再審査請求書は、裁決第四九一号、第四九二号についても不服申立をする趣旨であることが読みとれるから、被告のこの主張は排斥する。

六以上の次第で、本件訴は、民訴法一五九条の追完を問題にするまでもなく適法であるから、同法一八四条に従い主文のとおり中間判決する。

(古崎慶長 谷村允裕 飯田敏彦)

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